くじけない心の秘密は、目標は立てても夢を持たないこと

増税まであと少しの今になって、消費税を据え置きにするという話が出てきていますね。

ウソかホントかは分かりませんが、こんな話が漏れ出てくるのは政府が景気が悪いのを認識していることの証です。

一昔前なら考えられないような大企業が主力部門を外国企業に売却したり、大量リストラしたという話は枚挙にいとまがありません。

これまで大本営発表で景気が良いことをアピールしてきましたが、数字の上でもごまかしが効かなくなってきています。

景気が悪いことなんて僕ら庶民はずっと前から肌感でわかっていること。

儲かっているのは一部の人だけで、貧富の差は広がり続けています。

僕も当然、”貧”の方。

こちらの記事に書いたように住宅ローンの減額申請をしているくらいなのでかなりつらい状況です。

住宅ローンの支払いが苦しくなった時に行動すべきこと

こんな苦境にある僕ですが、現在、別にくじけもせず、精神を病むでもなく、普通に過ごし、将来を見据えてプログラミングの勉強にガンガン取り組んでいます。

どうしてこんなに頑張れるのか?

1つは安西先生が言うように「諦めたらそこで試合終了」だからというのはあります。

でも僕の主な行動原理は別のところにあります。

それは夢を持たないということ。

夢を持たなければ挫折することはありません。

あくまでも僕のマインドセットですけれど、今苦境にある人の役に立つかもしれません。

目標は生きる指針で、夢は「こうなりたい」という欲望

今、何かを始めるにあったって目標は必要です。

目標とは近い将来にこうなればいいなという指針のようなもの。

漠然と始めてもすぐに飽きて投げ出してしまいますが、目標があれば頑張れるものです。

僕の場合で言えば、プログラミングを身につけてフリーランスのプログラマーとして収入を得ること。

それに対して夢というのは、具体的に

「将来フリーランスのプログラマになって年収1,000万円を稼ぐ!」

と設定して絶対叶えると心に決めることです。

僕の中では、目標と夢は以下のように根本的に異なります。

目標は自分が生きていく上の道しるべで、自分の生きていく方向性を決めるものでしかありません。

それに対して夢はこうなりたいという理想像への欲望です。

目標は変更可能、夢は変更不可

僕の場合、フリーランスのプログラマーを目標にしますが、結果的になれるかどうかはわかりません。

自分の能力が優れていると思っていないですし、そんなに甘い世界ではないだろうと思っていますからね。

だけど、目標に向かって積み上げてきた勉強はスキルとして得られますから、けっして無駄にはなりません。

ちょっとした小遣い稼ぎはできるでしょうし、アフィリエイトにそのスキルは応用できます。

目標はあくまでも目標であって、軌道修正は自由です。

一方、夢は強い想いであり欲望ですから、そこからの軌道修正は”夢を諦めること”になってしまいます。

この場合、プライドがおおいに傷つくことになります。

夢のほとんどは叶わない

一般に夢は持ったほうがいいとされ、特に子どもには夢を持つことを勧めますが、実際に夢を叶えることができるのは一握り。

ほとんどの人が夢破れて傷つくのに、成功した人の話だけがフィーチャーされるので、夢を持ち続けることがいいことだという風潮ができてしまっているのです。

夢に執着する必要は無いんですけどね。

「人生は塞翁が馬」というように、人生、どう転ぶかわからないものです。

最初に設定した夢にしがみついていては、折角やってきたチャンスを逃してしまうかもしれません。

もちろん夢にしがみついて最終的に叶える人もいますが、それは運が良かったのでしょう。

メディアに取り上げられるような大物成功者に至っては、本人が夢であったと語っていても、それはなるべくしてなったようなケースがほとんどです。

持って生まれた才能にあふれていて、練習をして自転車に乗れるようになったくらいのレベルで成功を手にしているんです。

この世は不公平ですから、そんな人達と同じ土俵に上がっても勝てるはずがありません。

夢を持つと現実の乖離で心が折れる

夢に向かって日々頑張ってみても、現実の物事は目に見えて進まないもの。

夢ばかり見ていたら、やがては夢の中の理想の自分と現実の自分の乖離に心が折れてしまうのは自然の成り行きです。

心が折れてしまっては何もかも嫌になり心を病んでしまうかもしれません。

その点、方向性を出すための目標なら、もっとフレキシブルに振る舞えます。

ただ怠けて目標未達は問題外ですが、頑張った上で目標から離れていても、現状を再分析して戦略的に目標を変えればいいのです。

インドの賢者いわく「欲望は苦しみのもと」

僕がこんな考えにたどり着いたのは、インドの賢者の

「欲望は苦しみのもと」

という話にあります。

これだけでは何のことか分かりませんね。

まずベースとしてお釈迦様の言う

「この世は苦である」と「幸せはその人の内にある」

という教えがあります。

ぶっちゃけて簡単に言うと、人間は本来そのままで幸せの中にあるのに、欲望を持っていたり無知であるため自分で苦しみを生み出している、という話です。

一般に幸せって、何か欲しかった物を手に入れた時とか、夢を叶えた時のことを挙げると思います。

でもそれは賢者が言うには、「あれが欲しい」「こうなりたい」という欲望がストレスになっていて自分を苦しめている、でも最終的に欲しいもの手に入れた瞬間、なりたいものになった瞬間には欲望が無くなって(手に入れたのだから欲望が無くなるのは当然)、その結果、本来の幸せであるフラットな状態に戻るから幸せを感じるのだということ。

つまり、欲望でずっと苦しんでいて、叶った瞬間苦しみのもとが無くなる。その差がはっきりしているから幸せを感じられるということ。

そのままのフラットの状態で幸せなのに、わざわざ苦しみを作り出しているんですよ。

だから、夢や欲望は無いほうが良いんです。

最近、ミニマリストが流行りなのは、きっと欲望から解き放たれたその状態が幸せに感じるからに違いありません。

なるようになる。なるようにならなくても何とかなる。

生活の心配なくのんびり過ごせるのなら頑張る必要はまったくないですが、今の世の中そうはいきません。

夢はいらないと言っても、生活のために頑張る必要はありますから、目標はあったほうが良いでしょう。

その上で、戦略的に考えてその時にできることをただ頑張ればいいのです。

頑張るモチベーションは特に要りません。

やる気なんて自分で出すものではなく、脳をだますテクニックでやる気スイッチを入るものです。

モチベーションが落ちてしまった時にやる気スイッチをいれるための方法

そうやって一日一日続ければいずれなんとかなるでしょう。

なるようにしかならないし、なるようにならなくても何とかなるものです。

今日も淡々と勉強と作業に取り組むだけです。

まとめ

これが僕のマインドセットです。

他の人が僕と同じ状況になったら、悲嘆に暮れてしまうのかもしれません。

でもどんなに落ち込んでも、状況が改善するわけじゃないし、神様が助けてくれるわけでもないです。

落ち込んでいる時間なんて無駄。

そんな暇があったら、四の五の言わずに作業や勉強に取り組んで少しでも前に進んでいきます。